「怒り乗り越え、今日ここに」 語り部の会・会長、水俣病慰霊式
水俣病の公式確認から70年となった1日、熊本県水俣市で、市などが主催して水俣病犠牲者慰霊式が営まれ、「水俣病資料館語り部の会」会長、緒方正実さん(68)=水俣市=が患者・遺族代表として祈りの言葉をささげた。水俣病に家族を奪われ、差別に傷つき、補償の壁にも苦しんだ。「その怒りと不満を乗り越えて今日ここに立っています」。恨みの日々を経て、教訓を伝える活動に尽くすようになった自らの心の軌跡をたどり、水俣病の真の解決を訴えた。
水俣市の北東約15キロ、熊本県芦北町女島(めしま)で漁師の網元の家に生まれた。1959年、まだ1歳の緒方さんを毎晩抱いて寝てくれていた祖父福松さんが発病。数カ月後、病室の壁をかきむしり、もがき苦しんだ末に死んだ。
2歳違いの妹は重い障害を持って生まれた。胎児性水俣病だった。父も患者認定申請の準備中に38歳で逝った。
「緒方家とは結婚するな」「緒方家の魚は買うな」。地域で最初の患者だった祖父の発症以降、心ない差別を受けた。緒方さん自身も高濃度の毛髪水銀が検出され、2歳になっても歩けなかった。手足のしびれなど水俣病の症状もあった。しかし偏見を恐れ隠し続けた。妻と結婚した時にも、生まれた娘にも言わずにいた。
転機は95年に訪れた。厳格とされる患者認定に漏れた人を救済するため、国が一時金支払いなどの政治解決策を打ち出した。ちょうど父が亡くなったのと同じ38歳。「自分の水俣病に一つの区切りをつける」と覚悟して翌年申請した。
ところが「非該当」と判断された。国に「切り捨てられた」との思いが、むしろ正式な患者認定を求める闘いへと向かわせた。
闘いは約10年に及んだ。認定申請は4回にわたり棄却され、周りからは「金がほしいのか」と言われた。行政や社会への不満と怒りを抱きながら続け、2007年に認定を勝ち取った。
認定は念願のはずだった。一方で、水俣病になりたいわけではもちろんなかった。矛盾する感情があふれ、涙がかれるまで泣いた。
語り部となったのは認定の約半年後だ。
「行政、社会へ不満を並べながら、自分は何もしなくていいのか」
一族の惨めな話を大勢の前で語ることに、当初は心労を覚えた。それでも、回を重ねると「二度と過ちを起こさぬようにする役目に選ばれたのではないか」と考えるようになっていった。
水俣で建具店を経営する傍ら、約20年重ねた講話は850回を超えた。自身や仲間の活動で、差別や偏見は薄らいだと自信を持って言える。
昨年からは原因企業チッソの事業子会社JNCの新入社員に対する講話も実現し、加害企業の姿勢の変化に手応えを感じている。
祈りの言葉を述べるのは15年前に続き2度目。怒りの言葉を並べた前回から、解決に向けた取り組みに重きを置く中身になった。
「正実」の名前は、福松さんが「正直に生きろ」と願いを込めて付けてくれた。逃げるのをやめ、正直に水俣病と向き合い続けたからこその心境の変化だと思う。そんな一人の患者の歩みから、水俣病の真実を感じてほしいと、一言一言を大切にして語りかけた。
公式確認から70年となった水俣病。補償・救済、差別や偏見、水銀規制。まだ多くの問題が残る。駆け引きをしている間は表面的な解決でしかないと思う。問われているのは「人間の心」。行政も加害者も自分たち被害者も含め、全ての立場の人たちに、誠実な努力が求められている。その思いを言葉に込めた。
「私が思う水俣病の真の解決とは、全ての人たちが起きた出来事と向かい合い心から反省をし、教訓につなげることができた時だと思います」【中村敦茂】
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