<キャンパる>水木しげるの戦場体験を追体験でき好評 プラネタリウムで上映

2026/09/02 08:28 

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 「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめとした多くの名作を残した漫画家の故・水木しげる氏。太平洋戦争時には陸軍兵士として出征し、激戦地のラバウルで爆撃を受け左腕を失った。多摩六都科学館(西東京市)は昨年から、水木氏の戦場経験を題材としたプラネタリウム番組「水木サンのみた暗闇 ―ぬりかべに遭った夜―」を上映。昨年は全公演の一般席が完売するなど好評を博している。この作品が生まれたいきさつや特色を取材した。【津田塾大・筒井真桜(キャンパる編集部)】

 ◇密林での体験を再現

 妖怪漫画で知られる水木氏は、「水木しげるのラバウル戦記」(ちくま文庫)や「総員玉砕せよ!」(講談社文庫)など、自らの実体験をもとにした戦記漫画やエッセーも数々著している。同プラネタリウム番組は、これらの著作から絵や言葉を抽出し、再構成する形式で製作された。

 番組では、水木氏が1944(昭和19)年に南太平洋のニューブリテン島・ラバウルで従軍中に味わった辛酸の日々と、密林の暗闇の中で命拾いした体験を、プラネタリウムならではの視覚・音響効果で再現し、水木氏の体験を観覧者が追体験することができる。

 多摩六都科学館は、東京都の小平市、東村山市、清瀬市、東久留米市、西東京市の5市が運営する体験型ミュージアム。世界最大級の大きさを誇るプラネタリウムドーム「サイエンスエッグ」を有している。

 今年3月に開館33年を迎えた同館だが、これまではプラネタリウム番組で戦争をメインテーマに扱ったことはなかった。「やはり戦争を扱った作品は表現が難しい。水木さんの戦争体験だからこそ実現した企画」と、企画・製作を担当した同館天文グループの斎藤正晴さん(46)は語る。

 ◇「水木ファン」同士の出会いがきっかけ

 この企画が始動したきっかけは2023年の秋、水木ファンであり演劇集団円(えん)に俳優として所属する牛尾茉由さん(39)と、同じく水木ファンである斎藤さんを、同館の職員が引き合わせたことだった。同館のプラネタリウム番組を鑑賞し、ドーム空間に広がる完全な暗闇に驚いた牛尾さんが斎藤さんに、この暗闇を用いて水木氏の戦争体験を追体験できるようなプログラムを作ることはできないか、と提案した。水木氏は、従軍中に密林の暗闇をさまよい歩いた自らの経験を戦記漫画などに描いていた。

 一方の斎藤さんは、25年の「終戦80年」に合わせてこの提案を番組として実現しようと考えるようになった。その後、牛尾さんの企画案はより具体化し、本格的に実現に向けて動き出した。

 台本は牛尾さんが手がけた。暗くて何も見えない密林をさまよう水木氏は、突然何かにぶつかり前に進めず、そのまま疲労で眠ってしまう。ぶつかったのはぬりかべで、それで命が救われた――。「水木さんと同じ空の下に立てる、というのはプラネタリウムだけの演出だと思います」と牛尾さんは語った。

 ◇原作漫画の雰囲気や表現を尊重

 番組製作では、独自のプラネタリウム番組を日ごろから手がける同館の技術が光った。完全な暗闇と音響装置で水木氏が感じた不安や恐怖を演出。全編を白黒に統一することで原作漫画の雰囲気を残した。

 番組中に月が出てくる場面では、プラネタリウム解説員である斎藤さんが、牛尾さんからの情報をもとにして、水木氏が従軍中に描いた戦地風景のスケッチの月の形から大体の日時を導き出し、水木氏が見たニューブリテン島の星空の再現を目指した。

 番組の構成では、牛尾さんの経験が役立った。小学生の頃から太平洋戦争に興味を持ち、自由研究での題材や、自分自身の探究心から太平洋戦争に出征していた祖父への聞き取りを定期的に行っていた。「祖父への聞き取りで得た資料収集方法の知識があり、台本を作る際に安心感があった」と語る。

 一方で、「戦争体験を語る作品はたくさんあるが、中には政治的な主張が強かったり、現代の人が『見たい姿』に変化しているのでは?と感じたりするものもある。1次情報である水木氏の原作表現をゆがめないよう非常に気を使った」と語った。

 ◇プラネタリウムの新たな可能性を示す

 水木氏の著作では、同じ体験を描いていても作品によって異なる表現がされていることがある。そのため、水木氏の著作を管理する水木プロダクションに協力を求め、作品の魅力を残しながら観客に誤解されない表現を探るためのすりあわせを行った。

 水木氏の戦場体験の特徴を尋ねると、斎藤さん、牛尾さんは共に「どんなに困難な状況でも植物や石を見た時に面白いと思う自然な感性を残している」ことを挙げた。「悲惨な戦地でも、美しいと感じたものをスケッチや文章として後世に残せたのは、水木先生だからこそ」と斎藤さんは語った。

 一方で、時にユーモアを交えて戦場体験を書く水木氏の作風を守りつつ、戦地の悲惨さを表現するプラネタリウム番組を作り出すことには難しさも感じたと牛尾さんは振り返る。「水木先生は困難な体験をドライに描かれていることが多い。戦地を体験していない私たちがそのままの雰囲気で再構成すると、戦争を軽く捉えられてしまう」

 表現も試行錯誤した。例えば史実や水木氏のエッセーをもとに、できる限り同じタイミングで野犬を鳴かせたり、水木氏の立ち位置からどの方向で爆弾が爆発したのか予測して音を入れたりするなど、音響にもこだわって製作した。斎藤さんは「プラネタリウムを単なる星空解説の場にとどめず、多様な表現ができる可能性を示す番組にできたのではないか」と話す。

 ◇どんな人の心にも残る作品

 初上映となった25年は全8回の上映で1700人以上が観覧。観客から「来年度も上映してほしい」と声が上がった。また完売で購入できなかった人からも「来年も実施を検討してほしい」という要望があった。そのため今年も再上映を行うことを決めた。

 今年1回目の上映となった8月1日、一般席は完売。子どもを含む幅広い年齢層の人々が観覧した。中には水木氏のグッズを身につけた来場者も見られた。

 終演後に来場者に話を伺った。同番組のナレーションを担当した古川登志夫さんのSNS投稿で知り興味を持ったという男性(49)は「戦争の話はヒーローが活躍する話か、とても悲惨な話のどちらかが多い。本作のような普通の兵士が悲しい目に遭う話は貴重だと思う。多くの人に届いたらうれしいし、よい取り組みだ」と評した。

 漫画などで戦記物を読むという女性(23)は「この番組は残酷な場面がありつつも、コミカルに描かれている。戦争を扱う作品の中では、かなりとっつきやすいのでは」と振り返った。

 斎藤さんは「メッセージの押し付けは避けたかった。水木先生の戦場体験を追体験してもらい、どう感じるかは受け手に委ねるという番組になったと思う。この番組を通して戦争について考えていただけるとうれしい」と語った。

 牛尾さんは「戦争についての特定の思想を扱わない水木作品だからこそ、どんな人の心にも残ると感じる。それは長い目で見ると、どんな啓蒙(けいもう)より、優しさと愛のある反戦の心が育まれるのではないか」と語った。

 今後の同番組の上映日は、11月15日(日)・28日(土)。

毎日新聞

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