球場からすぐ近く 東京代表の定宿、静かに役目終える 夏の甲子園
阪神甲子園球場の徒歩圏内にあり、長年にわたって春夏の甲子園出場チームが宿泊してきた「甲子園ホテル夕立荘」(兵庫県西宮市甲子園七番町)が、第107回全国高校野球選手権大会を最後にチームの受け入れを終了することになった。
スタッフ不足などで団体客の対応が困難になってきたため。今大会の宿泊チーム、関東一(東東京)が敗退し、静かに役目を終えた。
現在、チーム宿舎は都道府県別の割当制で、夕立荘は春夏とも東京のチームを受け入れている。夏は東西東京代表のどちらかが宿泊している。
要員不足などから1泊2食を基本とするきめこまやかなサービスを維持することが難しくなってきたため、今春のセンバツ終了後に東京都高野連と相談。出場チームの受け入れは、大阪・関西万博の影響でホテルの確保が困難なこの夏までとなった。
◇球場の照明灯がすぐそこに
夕立荘は甲子園球場の東側に位置し、道路1本隔てた球場の照明灯やスタンドの外壁が望め、歓声も聞こえてくる。
高校野球との接点は1951年の第23回センバツにさかのぼる。夕立荘を経営する島田昭一さん(83)によると、大会期間中に球場内の施設で合宿していた鳴尾(兵庫)から「応援の声が大きく球場ではゆっくり休めない。泊めてほしい」と依頼されたのがきっかけだという。
この時、鳴尾は決勝で鳴門(徳島)と対戦し、九回に逆転サヨナラ負け。当時、小学生だった島田さんは「母が『お祝いの用意をせなあかん』と試合途中に帰ってきた。その後、逆転されたんです。戻ってきた選手が泣き崩れていたのを覚えている」と記憶をたどる。
島田さんの亡母、てるさんも夕立荘を語る上で欠かせない存在だ。半世紀近く高校球児の世話を続け、2002年に91歳で亡くなったてるさんは、NHKの連続テレビ小説「純ちゃんの応援歌」(88年度)のモデルの一人といわれている。
◇阪神大震災やコロナ乗り越え
阪神大震災の前年に木造から鉄筋に建て替えていたためチームを受け入れることができた95年の第67回センバツ、個食や個室が求められる状況を踏まえ、食事の提供の仕方や部屋割りに細心の注意を払って選手を迎えた新型コロナの時期――。多くの困難と直面しながら夕立荘は高校球児とともに時代を歩んできた。
01年と11年には宿泊していた日大三(西東京)が夏の甲子園で優勝した。当時監督だった小倉全由(まさよし)さん(68)は「01年は夕立荘に泊まったチームとして初めての優勝だったので本当に喜んでくれた。甲子園に近く時間の心配をしなくてもいいし、食事面でも良くしてくださった。(日大三は)寮生活でみんなで風呂に入って集団生活しているので、夕立荘は普段の生活に近くてよかったのかなと思う」と振り返る。
◇高校野球を愛するが故の決断
チームの受け入れはこの夏が最後。「これからは高校野球ファンに泊まっていただければと思っています。高校野球が好きなので寂しいですよ。でも、十分なサービスができなくなるなら、ご迷惑をかけてしまう前に。そう思ったんです」と島田さん。高校野球を愛するが故の決断だった。【栗林創造】
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