根底に組織の形骸化と権力化 元名古屋市長が語る教育行政のひずみ

2025/03/19 09:44 

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 名古屋市では昨年、市教育委員会が校長会などから校長推薦名簿や金品を受領していた問題や、校長OBらでつくる任意団体「市教育会」が教職員研修などへの支援名目に保護者から会費を集めていた問題が相次いで発覚。長年続いてきた慣習や組織が廃止に追い込まれる事態となった。教員出身で、市教育長、市長を歴任するなど教育の世界を知り尽くす松原武久氏(88)に、一連の問題について聞いた。【真貝恒平】

 「やった方も受け取った方も『たわけ』(愛知や岐阜で使われる「あほ」「ばか」などを意味する言葉)ですよ」。市教委が金品・推薦名簿を受領していた問題について尋ねると、名古屋に住む松原さんは開口一番、地元の方言を使って厳しく批判した。

 市教委は多数の教員団体から長年、校長、教頭、教務主任の推薦名簿とともに現金や商品券を受け取っていた。問題は昨年2月に発覚。第三者による調査検証チームが同8月に公表した最終報告書によると、教員人事を担当する市教委教職員課が2017~23年度に教員団体から計1312万円(商品券含む)の金品を受領し、職員の夜食やタクシー代などに充てていた。背景として「教員集団の閉鎖的・排他的な仲間意識、なれ合いの構造があった」と結論づけた。

 調査検証チームは歴代の教育長への聞き取り方針を示し、松原氏も対象となった。昨年7月に当時市長だった河村たかし衆院議員(76)が「本当のことをしゃべってほしい」と、松原氏に異例の呼びかけをした。

 市立中学校長、市教職員課長などを経て1995年から市長に就任する97年まで教育長を務めた松原氏は「教員人事は大激論が夜中まで続く。終電で帰れる日が珍しいぐらいだった」と振り返る。その上で金品の授受に関しては「聴取でも答えたが、私は知らないし、私の頃には少なくともやっていない」と強調した。

 市は、昨年11月に教育長はじめ、市教委の関係者計20人を処分。市教委は25年度の教員人事に関し、校長など「三役」に昇任する選考審査への応募条件となっている校長推薦を廃止し、自ら応募する「自薦方式」に変更した。

     ◇      

 市教育会は市立小中高校などで毎年新学期、「教育会入会のお願い」と書かれたチラシを児童生徒に配布。1口100円の会費を保護者に募り、クラス担任が学校で徴収していた。毎日新聞などが昨年、こうした実態を報じると、河村氏は「学校という閉鎖空間で行われ、事実上強制だ」と会費の徴収方法を問題視した。松原氏も「教室で現金を集めるやり方はよくない」と批判した。

 毎日新聞が入手した市教育会の23年度決算報告書によると、収入2915万8161円のうち会費(2807万5750円)が大半を占め、その会費の8割が保護者から徴収したものだった。支出の3分の1が市教育会事務局員(元学校長を含む3人)の給与に充てられており、松原氏は「教育会の会長というのは校長の中のボス。すごろくの『上がり』みたいなもので天下りポスト」と、組織のあり方に疑問を呈した。

 一方、松原氏は市教育会の予算が教職員の支援にも充てられている点について「教員の育成、キャリアアップに貢献した」と評価する。市教育会は優秀な論文を執筆した教員に「教育研究派遣費」として3万円を支給。毎日新聞の調べでは、23年度に教員108人に計326万円が支払われた。

 松原氏は「教員の研究と修養は教育基本法にも定められているが、研究の予算は決して潤沢ではなかった」と指摘。自身が教育界に身を置いていた当時を振り返り「教育研究では東京教育大(現筑波大)がメッカ。そこで指導を受けるため、教育研究派遣費を(筑波大に行くための)旅費の足しにしていた」と語った。

 市教育会は1946年から市独自の教育助成団体として運営してきた長い歴史を持つ。だが、会費が集まりにくくなり、事業の継続が難しくなったとして、今年3月末での解散が決まった。

 教育行政を揺るがした二つの問題が浮き彫りにしたのは何だったのか。松原氏は言う。「既に機能しなくなったり、世間からずれたりしているのに慣習化してしまうのは、一部の者が力を持ったり、閉鎖的になったりと、組織の形骸化と権力化が根底にあるからだ。今回の問題を機に教育行政を変えなければならない」

 ◇まつばら・たけひさ

 1937年生まれ、愛知県出身。東海中・高校、愛知学芸大(現愛知教育大)を経て、60年に名古屋市立守山東中教諭に採用。市立大森中校長などを歴任し、95年に名古屋市教育長、97~2009年まで名古屋市長を3期務めた。

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