東広島市西条町の児童養護施設「広島新生学園」が今秋、創立８０年を迎えた。学園は、陸軍から復員した上栗（かみくり）頼登（よりと）さん（１９９５年に７６歳で死去）が４５年１０月に開いた「引揚民孤児収容所」が始まり。敷地内にある慰霊碑や納骨堂が当時の歴史を静かに伝えている。

　慰霊碑は、デルタ地帯の広島を表す三角石を中央に、平和の象徴である鳩の翼を表現している。その近くにある納骨堂には、上栗さんと戦災孤児など数人の遺骨とともに、収容所で亡くなった引き揚げ孤児１０柱の骨つぼが納められている。骨つぼを包む白い布には、「南花子」「南千代子」など、名前が分からないまま亡くなった子どもの仮の名前が記されている。

　収容所ができた原点は、原爆だった。学園が９１年に発行した冊子「広島新生学園の歩み」によると、４５年８月６日、陸軍広島連隊に所属していた上栗さんは、休暇で広島市郊外の実家に帰省し、救護活動のため当日のうちに市内に入った。息絶えた母親の乳房にすがって泣いている赤ん坊を目にし「自分の水筒の水を飲ませ、心を残して立ち去った。だがそれは序の口だった。（中略）戦争の犠牲者を救わねばならないと決意した」と振り返っている。

　同年１０月に入ると、引き揚げ者を載せた船が県内に入港し始めた。第１船はフィリピン・ミンダナオ島からで、栄養失調や肺炎などで亡くなる人が相次いだ。こうした人を収容する施設が必要だったが、県や市の守備範囲外だった。上栗さんは除隊時の退職金２０００円をつぎ込み、広島市南区の旧陸軍部隊の兵舎の一角で個人経営の収容所を開設した。

　現園長の長男哲男さん（７６）によると、上栗さんは生前「被爆した人たちを助けられなかった後悔から、親を失った孤児のためにできることをしたいと思った」と話していたという。

　「広島新生学園の歩み」によると、収容所は当初「孤児の死との戦いだった」という。送り込まれた孤児は栄養失調のほかマラリアなどを抱えていることが多く、物資不足の中で回復するのは簡単ではなかった。収容所には同年１２月までに２２０人が収容され、うち４０人が死亡したとされる。上栗さんは病院から子どもの遺体をおぶって電車で運び、収容所内で火葬した。

　翌４６年４月に広島市西区に移転し、台湾や海南島などから帰還した子どもたちが入所するようになった。府中町の白石春雄さん（９０）もその一人で、日本統治下の台湾で両親、兄、妹２人で幼少期を送った。両親がマラリアで他界し、ヘビやカエルなどを口にして空腹をしのいだこともあったという。

　４６年春に引き揚げ船が広島に到着。白石さんは両親が九州出身で広島とは縁もゆかりもなかったが、きょうだいとともに園に引き取られた。高校卒業まで在籍し、大学に進学して小学校教諭になり３５年あまり勤めた。「引き揚げ孤児と言われ、いじめられることが多かった学生時代だが、園には感謝の気持ちでいっぱいです」と振り返る。

　４７年に広島市中区に移転し、広島市の都市計画により７１年に現在の場所に移った。これまで引き揚げ孤児約３００人を含めて計約２５００人を養護した。

　哲男さんは、今年１０月２５日の創立８０年式典で、施設の歴史や引き揚げ孤児の過酷な闘病生活など、頼登さんから受け継いだ話を在籍する約６０人に話した。哲男さんは「この園ではかつて、多くの引き揚げ孤児が犠牲になった。今、平和に生活できることに感謝の気持ちを持ってほしいと子どもたちに伝え続けていきたい」と話している。【井村陸】