飛鳥時代の米蔵か 奈良・甘樫丘で「稲受け取った」記す木簡出土

2026/03/18 17:00 

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 7世紀後半の倉庫跡2棟分が見つかっていた奈良県明日香村の甘樫丘(あまかしのおか)遺跡群から「稲賜奉了(いね・たまふ・たてまつり・おわんぬ)」と稲の授受記録を記した木簡が出土した。遺跡群は飛鳥宮跡の北西約700メートルに位置しており、18日発表した同村教育委員会は「木簡から倉庫は飛鳥宮付属の米蔵であることは確実。貴重な確認例」としている。

 遺跡群は村教委と関西大が2020年度から調査し、5・4メートル×4・2メートルと3メートル四方の大小2棟の倉庫跡を発見。木簡は24年度調査で2棟近くの井戸跡から出土した。長さ25センチで、奈良文化財研究所が内容を分析していた。飛鳥時代、朝廷は米に脱穀する前の稲を「祖(そ)」として納税させていた。ただ2棟は租税用としては小規模で、別用途の米蔵の可能性もあるという。

 遺跡群一帯は元は有力豪族・蘇我氏の本拠地だったが、乙巳(いっし)の変(645年、大化の改新)で蘇我氏が滅んだ後、朝廷が再開発して官営施設を建設している。米蔵だったことが確実になった倉庫2棟は、藤原京遷都(694年)直前の天武・持統朝に建てられた。

 相原嘉之・奈良大教授(考古学)は「倉庫の用途が具体的に分かった点が重要。当時の天武・持統朝が飛鳥宮周辺をどのように開発していたかを知る一歩だ」と評価している。

 村は発掘調査報告会を20日午後1時、村中央公民館で開催する。無料。村文化財課(0744・54・5600)。【皆木成実】

毎日新聞

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