絵本作家が向き合う 地続きの問題 「いま、日本は戦争をしている」
不穏な響きのあるタイトルの重厚な絵本が戦後80年の今年、評判になった。「いま、日本は戦争をしている」(小峰書店)。絵本作家の堀川理万子(りまこ)さんが3年がかりで全国の戦争体験者17人に取材し、絵と文の両方を手がけた。副題は「太平洋戦争のときの子どもたち」で、幼い視点で捉えた戦時下の日常と異常を鮮やかなイラストで伝える。現在と地続きの問題である「戦争」を追体験し、平和を失う意味を考えさせられる。
A4変型判で128ページの重量感がある作品は内容も重い。堀川さんは北海道から沖縄まで取材に出向き、空襲や原爆、疎開、学徒動員、引き揚げ、食糧難といった体験を丹念に聞き取り、65編の物語にした。
方言混じりの文章は、子どもが話しかけてくるよう。一つのエピソードを見開きに描いたイラストは、インタビュー相手の前で修正を繰り返し、宿泊先で夜を徹して描き、時には相手から突き返されながら完成させていった。
1965年生まれの堀川さんは「重たいテーマは避けていた」と言い、戦争を描いた作品はなかった。新型コロナウイルス禍の時期に長編記録映画「東京裁判」を見たのを機に、戦争の理不尽さや不公正を考えるようになった。
まずは終戦時に11歳だった父親から疎開などの経験を聞いた。2022年に企画を本格的に開始し、紹介を受けるなどした戦争体験者(取材時78~94歳)を訪ね歩いた。
インタビュー相手のうち4人が今夏の刊行を待たずに世を去った。作品には、描き残さなければ消えていく記憶が詰まっている。空襲や原爆、沖縄戦などの凄惨(せいさん)な場面だけでなく、過酷な状況下でも子どもらしさがにじむ行動や感情を描いた。戦時中の玩具や文房具、服装など細部にもこだわった。
表紙のイラストは鉄棒に興じる防空頭巾の女の子3人。広島への原爆投下当日、避難した先で周りに藤の枝葉が散らばり、負傷者がひしめく中で実際に遊んでいたという被爆者の話を基にしている。
飛行機や潜水艦の絵をうまく描きすぎてスパイ扱いされた少年。かわいがっていた鶏を食料にしたショックで鶏肉と卵が食べられなくなった少女。樺太(現サハリン)で育った少年は侵攻してきたソ連軍の家族と同居することになり、ピロシキを一緒に食べた――。
貴重な証言を託してくれたのは生き残った子どもたち。堀川さんは「背景には生きられなかった命がある。仲間を埋葬する作業など死も描きましたが、たくさんの子どもを死なせるようでつらかった」と振り返る。作品を作った後、赤い絵の具が「血に見えて使えなくなった」という。
広島市在住の児童文学作家、中澤晶子さんは堀川さんの取材に協力した。平和記念公園を一緒に歩き、ここに広島有数の繁華街があったことを説明した。
11月下旬に広島県廿日市市であった堀川さんの講演会で、企画を担当した編集者と一緒に登壇して創作過程のエピソードを振り返った。中澤さんは「気軽に手に取れる本ではないかもしれないけど、未来への伝言といえる1冊」と語る。
堀川さんは作品の後書きにこう記している。「過去を知って、これからを考えるためのいしずえにしたいですね」【宇城昇】
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