<ファクトチェック>演説で「ヤジを3回警告されたら公選法違反」は誤り N党発信

2025/07/11 17:00 

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 選挙の候補者や応援弁士の訴えに聴衆がヤジを飛ばす。そんな街頭演説での行為に「演説者から3回警告されたら公職選挙法違反の自由妨害」と発言して制止しようとする陣営が出てきた。しかし、公選法にそのような規定はなく、「誤り」だ。

 この言説を受けてか、交流サイト(SNS)には「警告すれば街頭演説への自由妨害容疑で私人逮捕できる」との趣旨の投稿も複数確認された。だが、この行為はリスクをはらむ。

 ◇「公選法見て」

 「アンチの方は大きな声を出すのはやめてください。このままでは演説を中止せざるを得ない」「今から3回警告します。なぜ3回かっていうと公職選挙法を見てください」

 6月14日、兵庫県尼崎市の塚口駅。政治団体「NHK党」の斉藤健一郎参院議員が選挙カーの上からマイクで聴衆に呼びかけた。N党から市議選に立候補した福井完樹氏の街頭演説での一幕だ。

 市議選最終日で、N党の活動に疑義を呈する「カウンター」と呼ばれる人たちも複数集まっていた。その約10分後、応援に駆け付けた党首の立花孝志氏が選挙カーに上ると、拍手とともに「帰れ」とのコールも響き、騒然とした雰囲気に包まれた。

 立花氏は「大きな声で妨害したら逮捕する。これ警告ですよ」と度々告げ、「ウソツキ」とのコールが起きると、カウンターの男性1人について「『私人逮捕』して」とメンバーに指示。メンバーは男性の首付近に腕を回して身体を拘束した。男性はその場にいた警察官と現場を離れた。

 ◇「逮捕成立せず」と一転

 通常、容疑者を拘束できるのは捜査機関に限られるが、現行犯の場合は民間人でも逮捕でき、「常人逮捕」あるいは「私人逮捕」と呼ばれる。刑事訴訟法に定められており、民間人が現行犯逮捕した場合は、直ちに検察官か警察官などに引き渡さなければならない。

 立花氏は現場では「私人逮捕した」と述べていたが、同日夜のユーチューブの配信では「私人逮捕が成立していなかった」と報告。「(警察は)口頭での選挙運動の妨害は自由妨害罪に当たらないという考えのようだ」などと話した。

 その後に公示された参院選では「3回警告で公選法違反」の主張は鳴りを潜めている。

 京都産業大の中村邦義教授(刑法)は私人逮捕について、要件を満たさなければ、「逮捕」した側が逮捕監禁罪に問われる可能性があると指摘する。「私人逮捕は犯罪が成立していることが前提だ。自由妨害罪が成立すると勘違いしていたとしても、法律の不知として許されることではない」と述べる。

 ◇一時拘束男性が提訴

 尼崎市議選から半月後の7月1日、現場で一時身体を拘束された男性は、代理人の石森雄一郎弁護士と記者会見を開いた。「有効ではない私人逮捕」が原因で首を捻挫したなどとして、傷害容疑で兵庫県警に被害届を出し、立花氏やメンバーを相手取り損害賠償を求めて提訴もした。

 男性は、演説の妨害にならないよう拡声器などは使わず、発言の合間に声を上げていたと説明。警察に逮捕はされず、任意の事情聴取にとどまったという。男性は「暴力が放置されてはいけない」と訴えた。

 ◇3回警告、根拠なし

 公選法は候補者の選挙運動を妨げる「自由妨害」を禁じる。最高裁(1948年)や大阪高裁(54年)の判例によると、演説の自由妨害が成立するにはヤジによって演説が聞き取りにくくなる程度の執拗(しつよう)さなどが必要とされる。演説者の3回警告で自由妨害となるのかについて、総務省選挙課に見解を尋ねると担当者は「公選法に規定されているものではない」と否定。

 公選法には、妨害のために集合した多人数に対し公務員が3回以上解散を命じても従わない場合の罰則規定もある。「3回警告で公選法違反」の主張がこれに基づく可能性も考えられるが、選挙課の担当者は「公務員とは警察官を指す」との認識を示した。

 ◇演説への批判「まっとうな行為」

 演説の自由妨害として記憶に新しいのは、2024年の衆院東京15区補選での政治団体「つばさの党」の事件だ。党代表らは他陣営の演説中にマイクを使って大音量で発言し妨害したり、選挙カーを追いかけ移動を妨げたりしたとして公選法違反(自由妨害)容疑で逮捕・起訴された。

 一方で、19年に安倍晋三首相(当時)の演説にヤジを飛ばした男女2人を北海道警が排除したことをめぐる訴訟では、警察官の一部の行動が表現の自由の侵害と認定された。

 選挙制度に詳しい立命館大法学部の小松浩教授(憲法学)はつばさの党のような行為と肉声での一般的なヤジは区別されるとして「街頭演説で市民がカウンターとして批判、抗議することは選挙や表現の自由、健全な民主主義の観点から考えてまっとうな行為だ」と指摘する。

 ただし、街頭演説の現場で対立が目立つ昨今の状況については「激化すればアメリカのように分断・分極化が深刻になる。話し合いで合意を目指す民主主義の土台が掘り崩されていく」と危機感を示した。【参院選取材班】

 ◇ファクトチェックの判定基準は

 ファクトチェックは特定の主義主張や党派などを擁護、批判することが目的ではありません。社会に広がっている情報が事実かどうか調べ、正確な情報を読者に伝えるのが目的です。これは国際ファクトチェックネットワーク(米国、IFCN)が掲げる国際的な原則「非党派性・公正性」に基づいています。

 記事はNPO「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のガイドラインに基づき、チェック対象の情報について表の通りの基準で真偽を判定(レーティング)しています。

毎日新聞

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