「差別ない社会を」 都議選出馬の在日男性を襲った“ヘイトの刃”
「差別のない社会を実現したい」。そんな思いから、日本国籍を取得した在日コリアン3世の男性が6月の東京都議選に挑戦した。しかし男性に向けられたのは数々のヘイトスピーチだった。20日投開票の参院選でも排外主義を扇動するデマが広がっているとして、NGOが緊急声明を発表した。日本が直面する「選挙とヘイト」の現実とは。
◇同級生からのヘイトスピーチも
「差別や格差のない東京をつくりたい」「残りの人生をかけて何とかしなくてはいけない」。17人が乱立した都議選杉並区選挙区(定数6)に立候補した金正則さん(70)は期間中、区内各地でマイクを握った。
宮崎県出身。大学入学を機に「自然でいたい」と日本名をやめ「金」姓を名乗るようになった。就職活動で「日本姓を使えば採用する」と言われたこともあったが、商品開発などの仕事に追われ、数十年は差別に気を回す余裕はなかった。
日本国籍を得るつもりも元はなかった。子供の頃から好きだった日本国憲法の前文に「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」との一文がある。「そんな国ならいつか私たちにも選挙権をくれるのではないか」と期待を抱いていたからだ。
転機は国内でヘイトスピーチが活発化していた2013年。東京・新大久保駅周辺で「良い韓国人も悪い韓国人も どちらも殺せ」というプラカードを掲げる人を見かけた。「金」の表札がある自宅や子供たちに危害を加えられないか、現実的な不安が頭をもたげた。
更に21年12月、東京都武蔵野市で日本人と外国人が同条件で参加できる住民投票条例案が否決された。「住民投票さえ駄目なのか」とショックを受けた。外国人が日本社会で受け入れられない現状に、声を上げてこなかった自分にも責任の一端があると感じた。
だから高校時代の同級生に交流サイト(SNS)上のヘイトスピーチで名誉を傷つけられた時、提訴した。東京地裁は今年3月、同級生の投稿を「差別的言動」と認定し、110万円の賠償を命じた。
◇都議選に立候補 相次いだ排外的投稿
2年前には日本国籍を取得し、今回の都議選に臨んだ。金さんの考えに共感する多くの人が応援に駆けつけた。
岸本聡子・杉並区長は自身がベルギー・ルーベン市に移住後5年で地方参政権を得た経験を引き合いに「さまざまなバックグラウンドを持った人が意思決定の場にいる。その豊かな未来をつくっていきたい」と訴えた。金さんを推薦した社民党の福島瑞穂党首は「『あなたはあなたのままでいい』『あなたがいることを応援する』と言える社会を金さんと一緒につくろう」と呼びかけた。
一方、SNSでは「杉並区は外人による侵略、汚染が目に見えて“侵攻中”」「何世でも帰化人は日本の政治から排除」といった排外的な書き込みが相次いだ。告示の数日前には、同じ選挙区に立候補した諸派候補の記者会見で、同席した河合悠祐・埼玉県戸田市議が金さんを「売国奴とも言うべき候補者」と表現していた。
陣営に対面での嫌がらせもあった。選挙事務所によると、街頭演説の際、スタッフが通行人から「在日か」などとして言いがかりを付けられた。事務所をのぞき込んできた男性が「在日!」と叫んで逃げたこともあった。
選挙中の6月18日、陣営は一連のヘイトスピーチに対する抗議声明を公表した。それでも選挙戦後半には諸派候補や河合市議らと街頭に立った人物が「日本人ファーストにしろ」「帰化制度を廃止しろ」と声高に訴えていた。
選挙結果は2326票で17人中16番目だった。金さんは「差別意識がまん延していることに驚いたし、とても悲しく思う。ヘイトスピーチで不安をあおり、注目を集めて票につなげる動きが広がっていることが可視化されたのではないか」と振り返った。
◇参院選でも…NGOが緊急声明
それから2週間足らずで公示された参院選。
参政党が「日本人ファースト」を主張し、神谷宗幣代表が「いい仕事に就けなかった外国人が集団で万引きしている」などと演説。政治団体「NHK党」党首の立花孝志氏も街頭で「黒人とか、いわゆるイスラム系の人たちが集団で駅前にいると怖い」などと発言している。外国人が「優遇されている」などとする言説を受け対応の厳格化を打ち出す政党も相次いでいる。
政党・政治団体幹部以外でも、神奈川選挙区の参政党候補は生活保護の支給を巡り「日本人はなかなか受給できないのに、外国人はすぐさまもらえてしまう。日本人が困っているのに、餓死しているのに、外国人ばっかりというのはおかしい」と演説。厚生労働省の統計によると実際は、4月時点で外国人の生活保護受給率は全体の約3・2%、外国人世帯の受給率は約2・9%にとどまっている。
16年に施行されたヘイトスピーチ解消法は、国外にルーツを持つ人の排除を扇動するなど不当な差別的言動を「許されない」と宣言している。8日には解消法制定に尽力するなどした複数のNGOが都内で記者会見し、都議選や参院選で排外主義を扇動する動きがあるとして緊急声明を発表した。
声明は金さんら海外にルーツを持つ候補者へのヘイトスピーチを批判。さらに「外国人優遇」について、日本国籍を取得しない限り選挙権がなく国家公務員になることが制限され、生活保護を受けることも法的権利として認められないことを挙げ「根拠のないデマ」と反論した。
都議選の選挙戦最終日、金さんの演説に耳を傾けた30代女性は社会への期待を語っていた。「民族的マイノリティーなど自身の属性をさらけ出して選挙に出ることには勇気がいる。出てくれたことに感謝したい。きっといい社会をつくる一歩になる」【白川徹、矢野大輝】
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