「加害側」が保存する大事故の実物 安全への願い託す遺族たち
反省を刻み、いかに教訓としていくか。JR西日本が福知山線脱線事故の車両などを保存する施設を整備した。惨状をとどめる実物から学ぼうとする「加害組織」は他にもあり、遺族らは安全への願いを託している。
◇日航は「安全啓発センター」
「センターのドアが、みんなで一緒に開ける『安全の扉』のように思えた」。美谷島邦子さん(78)は日本航空の「安全啓発センター」を初めて訪れた時をよく覚えている。
美谷島さんは乗員・乗客520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故(1985年)で、9歳だった次男健さんを亡くした。
遺族らでつくる「8・12連絡会」で事務局長を務める美谷島さん。連絡会では事故直後から機体の保存や公開を求めており、日航は2006年に羽田空港の近くにセンターを開設した。
損壊した事故機の圧力隔壁のほか、遺品の時計などが展示されている。一般に公開しており、これまでに社内外から計約34万人が訪れている。
美谷島さんは事故から10年以上がたった頃、事故が世間から忘れられていく怖さに襲われたという。センターに遺品などが並んだことにより、「教訓を受け継ぐ場所になっている」と語る。
◇トンネル天井板崩落事故でも
中日本高速道路は21年3月、東京都八王子市内に「安全啓発館」を開設した。12年に中央自動車道笹子トンネル(山梨県大月市)で天井板が崩落し、走行中の車を直撃して9人が亡くなった事故の反省からだった。
車のほか、実際の天井板や原因となったアンカーボルトが並ぶ。社員やインフラ企業など関係者のみに公開しており、これまでに中日本高速グループの社員約9000人がここで研修を受けたという。
ワゴン車に乗っていた長女玲さん(当時28歳)を亡くした松本邦夫さん(74)と和代さん(74)夫妻は車の保存を訴えてきた。
ワゴン車は高温で燃えたため塗装が落ち、ひどくゆがんでいる。警察などの捜査が終われば、廃棄される可能性もあった。今では、啓発館にある車に向かって社員らが黙とうをささげる。
◇「実物が語り始める」
啓発館の開設前、和代さんは日航のセンターを見学した。研修を受けた社員らがコメントを残すコーナーが印象に残り、「施設を作るだけで終わっていない。コメントから学び合うことができる」と感じた。啓発館でも社員らが思いを記す付箋が張り出されているという。
夫妻は啓発館が「安全のための遺産」となることを望む。邦夫さんは「遺族がいなくなった時、実物が語り始めるだろう」。和代さんも「あの車が一生懸命、事故の一部始終を表現してくれる」と話す。
一方、JR東日本は「事故の歴史展示館」(福島県白河市)を整備した。14年2月に川崎駅構内で工事用車両と衝突した京浜東北線の車両を残し、事故当時と同じく横転した状態で設置している。社員研修施設で、一般公開はしていない。【小坂春乃】
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